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Kansai D&I News
2023.7.26 オピニオン

日本経済復活の鍵をにぎる女性エンジニア育成
――奈良女子大学 工学部長 藤田 盟児 氏

藤田 盟児 氏

日本経済復活の鍵をにぎる女性エンジニア育成

奈良女子大学 工学部長
藤田 盟児 氏

2022年4月、女子大初の工学部を設置し、女性エンジニアの育成に尽力する奈良女子大学。工学部長の藤田盟児氏に女性エンジニア育成に関する現状と課題、女子大工学部の使命、企業に期待することを伺った。

奈良女子大学

――工学分野における女性エンジニアの育成について、日本の現状をどう捉えていらっしゃいますか?

 日本の女性エンジニアの少なさはかなり深刻な状況です。大学入試や工学部教員採用に女性枠を設けるなど、国が関与しなければならないぐらい追い詰められている。

 女性エンジニアが少ないことの問題点は、経済効果のあるものや社会に役立つものが作れないことです。使う人の半分は女性なのに、男性エンジニアだけで作っていたら女性が必要とする視点や要素が不足する。その製品は女性にとって魅力がないから売れない。ここ20年ぐらい続く日本の産業の衰退の一因といってもよいと思います。

 「ジェンダーズ・イノベーション」という言葉を創り出した米スタンフォード大学の女性研究者の調査では、女性が入ったグループで開発すると男性だけのグループで開発するよりも経済効果が3割アップするというデータが出ています。だから欧米は多様な分野で女性の比率を上げている。ダイバーシティに乗り遅れた国は産業が衰えるという危機感を持っているからです。ダイバーシティに尽力している企業でなければ将来性がないとみなされ、投資家から見放されるから必死でやっている。大学も企業も女性エンジニア不足がもたらす根本的な悪影響まで考えて育成に取り組んでいく必要があると考えています。

――日本では女性は文系、理系なら医療系といった偏見もあるように思います。

 高校1年ぐらいまでは理系の女子が結構いるのに、高2、高3の進路選択の時に、理系を志望していた女子がどんどん文系に流れていく。そこに問題があることが指摘されていて、文部科学省が高校教育のあり方を変えるという話も聞いています

 本人の志向を考えず、理系なら資格が取れる看護・薬科系の学部を薦めるのは、大人の勝手で、本人の生き抜く力を削ぐことになる。そうした抑圧が男女のバランスを狂わせ、挙句、競争力のない社会や産業になる。性別に関係なく、自分がやりたいことをやればいいんです。

――女性エンジニアの必要性が高まるなかで、大学としての使命をどのようにお考えですか?

 共学の工学部は、女性教授も女子学生もわずかしかいない。その状況下で、女性エンジニアの育成に注力するのは難しい。だから女子大がやらないといけないと考え工学部の設置を決断しました。女子大は女性のための大学ですから、女性のために役に立つことをしなければ存在意義がなくなります。奈良女子大工学部は日本の女性エンジニア育成の一翼を担うつもりでやっています。

 本学の工学部では、どんな時代になっても自分で仕事を選び、決める力を持った自律型人材の育成に注力しています。そのため、決まったコースはありません。専門分野として「生体医工学」「情報」「人間環境」「材料工学」を挙げていますが、これはあくまで教員の専門分野で、この中から選びなさいという意味ではありません。複数分野の掛け持ちや、他大学の専門家に学ぶこともできる体制を整え、各自の個性に合わせたオリジナルの専門分野を追究してもらいます。学生にとっては大変ですが、困難を乗り越えて自分のやりたいことに向き合う経験をしておくことが重要。AIが急速に発達する時代に、今の職業が将来もあるとは限りません。自分の強みと弱み、好き嫌い、趣味嗜好を知り、本当にやりたいことを選択できる人間を育成するのが我々の使命と考えています。

奈良女子大学

――工学部を設置して1年が経過しました。学生さんたちは自分のやりたいことを選んでいますか?

 皆、高校までの受動型教育に慣れているので、始めは戸惑っていましたが、少しずつ変わってきています。いろいろな体験をして、入学時と違う分野をやりたいことが分かったというレポートやアンケート調査の結果も出ています。今の状況は、やりたいことがいっぱいあって、将来の進路が決まらなくなっている。それはいいことだと思っています。

――企業の人事部門に期待することをお聞かせください。

 企業のリクルート担当者には、うちの学生はレイト・スペシャリゼーション(遅い専門化)だから、あまり早くから来ないでほしいと言っています。先ほどもお話ししたように、今の段階ではあれもこれも面白いといった状態です。まずは、自分と向き合い、何がやりたいかを決めてほしい。早くからこんな魅力のある仕事があると言われると、学生にとっての外圧になりますから。

 もう一つ挙げるとしたら、女性エンジニアが働きやすい環境を整えること。たとえば工学部の中でも比較的女性の進出が多い建設業界では、10数年前から施工現場に女性が進出し、多種多様な仕事ができるので、どんどん増えている。そこで問題になってきたのが勤務時間や現場の反発です。勤務時間についてはフレックスタイム制など時間制の導入も始めていますが、後者については企業が偏見を取り除くための教育や女性管理者をサポートする体制の整備を行う必要があると思っています。

――藤田教授が考える奈良女子大工学部卒の良さはどんな点でしょうか?

 フレキシブルな教育カリキュラムによって、複合分野、融合分野に対応できる人材であること。批判的思考や創造性を身につけた、イノベーションを起こせる人材であることです。できれば2年後の大阪・関西万博で卒業研究の発表を行い、奈良女子大工学部の活動内容を広く知ってもらいたいと考えています。