
DEI推進室 室長
中西 康恵 氏
野村グループでは、インクルージョンを重要な経営戦略の一つと位置づけて取り組みを強化している。2024年度からは、全役職員の人事評価項目に含めた。野村ホールディングスDEI推進室長の中西康恵さんに、この取り組みの内容や背景、成果などについて聞いた。
――インクルージョン推進における基本的な考え方をお聞かせください。
2025年に創立100周年を迎えるにあたり、野村グループでは「金融資本市場の力で、世界と共に挑戦し、豊かな社会を実現する」というパーパスを策定しました。その実践において多様性ある組織であることは不可欠な要素であり、重要な経営戦略の一つと位置付けています。世界中の30を超える拠点で約90の多国籍の社員が働く野村グループでは、多様な人材こそが競争力、イノベーション、高度なリスク管理の源泉であるからです。
お客様一人ひとりのお悩みやニーズが高度化するなかで、当社に求められる商品やサービスの幅も広くなり、それに伴いビジネスモデルも大きく変化しています。社員それぞれの専門性や特性を生かしながらチームで仕事に取り組むことが必要不可欠です。国内においてもキャリア採用社員が年度によっては新卒採用者数を上回るほどで、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集まっています。社員一人ひとりが自らの持つ能力や個性を最大限発揮できる職場環境づくりに取り組み、採用、育成、評価、配置および登用だけでなく、あらゆる場面で個々に応じた機会を提供しています。

2025年3月8日 日本経済新聞掲載広告
野村グループのインクルージョンは、トップダウンとボトムアップの両輪で推進しています。トップダウンの取り組みでは、グループCEOである奥田が、「多様性を組織の力に」と社内外に積極的に発信しています。また、推進ワーキンググループを設置し、野村ホールディングスの執行役・執行役員、野村證券を含むグループ各社・グローバル各地域の代表で構成されるメンバーが具体的な推進策を協議し、グループ全体の環境づくりを進めています。ボトムアップによる取り組みとしては、社員が自発的に活動する社員ネットワークという組織が全世界にあり、日本では3つのネットワークが活発に活動しています。各テーマの専門家を招いて講演会を開催するなど、社内の理解促進に向けた啓発活動を行っています。この活動は15年を超え、社内の風土醸成に大きく寄与しています。
――インクルージョンの推進を全役職員の人事評価項目に盛り込むことになった背景と目的について教えてください。
一人ひとりに「ジブンゴト」としてとらえてもらうことを目的として、グループ内で野村證券を皮切りに、2024年度からは全世界・全役職員の人事評価に組み込まれました。多様性を生かしたインクルーシブな職場環境をつくるためには、さまざまな課題を一人ひとりが自分のこととして考え、「お互い様」文化がより一層醸成されることが必要です。結果やスピード感を求められる中でも、育児・介護その他、それぞれの事情で制約が発生することは誰にでも起こり得ます。そこを「お互い様」でカバーしあえる風土や環境づくりが大切です。
加えて、マネージャーには、自身の業務の棚卸しや多様性を生かした組織づくり、女性社員の能力伸長の支援や、男性育休取得推進に取り組むことを求めています。
――人事評価項目にインクルージョンの推進を設定する際の具体的な流れや、内容について教えてください。
導入に際しては、まずCHRO(最高人事責任者)の尾崎から導入の背景や会社としての期待していることについて全社員向けに動画を通じて語りかけました。その上で各自が課題を設定します。全世界・全役職員が記入する課題設定シートには、主要な課題の一つとして、あらかじめ「インクルージョン課題」という項目が組み込まれています。事前に課題として枠があることで、社員は自然と自分の職務や役割、チーム環境に応じて考える機会を持ちます。また、社員が具体的で実践可能な目標を立てやすいよう、事例集も提供しています。「チームで課題について話し合う」「関連イベントに参加する」など取り掛かりやすいものから、各組織特有のものまで、設定された課題内容をみると個々の取り組みにはバラエティーがあります。
それぞれの業務内容や所属する組織の特性に合わせて課題を考え、意識しているからこそであり、多様性を反映しているとも言えるでしょう。このような現場での活動はとても重要だと考えています。
――取り組みの成果をどのようにとらえていますか。社内環境の変化や業務の進め方、また社外からの反響についてもお聞かせください。
まず、社内において多様性やインクルージョンが共通言語として浸透したことが大きな成果の一つです。社員は重要性を理解し、自らの業務やチームの活動にどのように組み込むかを具体的に考えるようになりました。
前述の通り、マネージャーには男性育休取得推進や女性社員の能力伸長の支援等も求めており、その成果も出てきています。部下に対象者がいれば配偶者・パートナーの出産に対する特別休暇の取得は必須です。そして、男性育児休業については、業務の都合で出生後すぐの取得が難しい場合もありますが、調整して出生から1年の間の積極的な取得を推進しています。結果、男性社員の育児休業取得率は1年で3倍程度までアップしました。また、ジェンダーギャップの解消という点で、野村證券では、女性活躍推進法に基づく行動計画としてコミットした、女性管理職比率20%の計画を達成しました。
こうした取り組みは、お客様との関係づくりにも役立っています。インクルージョンは、どの企業も取り組んでいかなければならない重要な課題であり、当社の取り組みに関してお客様からも非常に興味を持っていただいており、間接的な営業活動の支援になっていると感じています。
――この取り組みを進めるなかで、特に苦労した点についてお教えください。
導入自体に関しては、トップの明確なコミットメントとメッセージがあったため、スムーズに取り組みを開始することができました。
しかしながら、運用面での課題はあります。各部門や各役員が独自の活動を行い、それぞれ成果や好事例が出始めていますが、それらを共有する仕組みがまだ十分には整っていないことです。良い取り組みを他部門が取り入れたり、全社に展開したりできるよう、効果的な情報共有の仕組みを整え、全社的に活動事例や成功体験を共有していくことが必要だと考えています。
好事例の一つとして、育休を取得した男性社員による、部署を越えた座談会があげられます。専門領域の異なる社員同士でも、育児などの悩みは共通しており、育児と仕事の両立のための工夫や育休経験からの学びを共有し、社内外に発信しています。これが取得を躊躇している方には後押しとなります。
――今後、インクルージョン推進に向けて特に力を入れたいことは何ですか。
無意識のうちに形成されるという、「アンコンシャス・バイアス」や人権に関する課題に対して、社員一人ひとりが気づきを持つことが重要だと考えています。まず、誰しもが無意識にとらわれている常識や先入観があることに、気づくことが重要です。そのための取り組みの一つとして、昨年度、国内全社員 約15,000人が野村グループ・インクルージョン研修*を受講しました。さまざまなマイノリティの当事者の声を聞くことで、多様な視点を得られる研修でした。研修を通じて得た知見を日々の業務にどう応用していくかを考え、取り組むことが次の課題です。
最終的な目標は、誰かが旗を振らなくても、互いの事情を当たり前に受容し、支え合う風土が根付いた組織になることです。

*インクルージョン研修は株式会社JobRainbowが提供する「D&I検定3級」を活用。全員受検を記念したコラージュ写真。