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2025.6.27 オピニオン

米国の反DEIの動き、どうとらえる?
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
中空 麻奈 氏

米国の反DEIの動き、どうとらえる? BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長 中空 麻奈 氏

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
中空 麻奈 氏

アメリカで第2次トランプ政権が多様性政策撤廃の方針を示したが、国内外の企業のDEI推進にはどのような影響があるのか。今回は、BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部 副会長の中空麻奈さんに、米国の動向や、日本における今後のDEI推進の価値について聞いた。

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――DEI推進の価値をどうとらえていらっしゃいますか。

 私自身はDEI推進について、極端な行きすぎによる弊害も懸念していました。しかし、社会には古くから受け継がれる慣習がさまざまあり、我慢を強いられてきた人がいるのも事実です。例えば長く男性社会であった日本企業の中には、ガラスの天井を感じてきた女性がいます。男女格差に限らず、企業や組織の抱える本質的な問題点を見直し、悪しき慣習を打ち破るきっかけにするという点で、DEIに取り組む意義があると考えており、今の時代の流れを力にして推進していくべきだと思います。子育てや介護による離職、シニア層の再雇用など、企業とそこで働く人を取り巻くさまざまな課題について、これまでのネガティブな慣習を打破して工夫していくことにつながれば、すばらしいでしょう。

 一方「2030年女性役員比率30%」という目標(2030年までに社会のあらゆる分野において指導的地位に女性が占める割合を30%にすること)に関して、なぜ30%なのか、それが適切なのかという疑問もあり、男女比で考えれば、50%が適切とも言えます。ただ、長く続いた慣習を変えるのは簡単ではなく、意識して取り組み続けるには目に見える目標が必要です。意識の変化を促すよう目標を掲げ、着実に進めていることを示すべきです。

――第2次トランプ政権誕生により、米国ではDEIの推進を見直す動きが出ています。その背景にはどのような要因があるとお考えですか。

 2023年にアメリカの最高裁でアファーマティブ・アクション(性別や人種などによる格差是正のための取り組み)に違憲判決が出たように、行きすぎの面があったことも否めません。マイノリティを優遇して結果的に平等にしましょうという政策は、主に白人男性にとっては、自分たちが不平等に扱われていると感じられることがあるからです。アファーマティブ・アクションにより、多様性政策が行きすぎだと感じていた人は一定数いたと思われます。そのような中でトランプ氏の発言があり、多様性政策を撤廃する動きが加速していると推察されます。現に、米大手企業がDEI政策の見直しを打ち出すという動きも見られます。

 しかし、これまでDEIの動きが進んできたのも、その必要性を感じる人が多くいたからです。今は、行きすぎてしまった面の揺り戻しが来ている状況と言えるでしょう。行きすぎの是正は必要ですが、それはDEIをめざすべき姿に正していくためのものであって、過去に回帰していいということではありません。試行錯誤しながらも、最適解を見つけていこうとする姿勢が大切です。

――日本のDEI推進の現状について、どのように評価されていますか。米国の動きが日本に与える影響や、日本企業がどのような方向に進む可能性があるかについて、ご見解をお聞かせください。

 日本企業では、DEI推進を取りやめるというところはほとんど出てきていません。アメリカでビジネスをしている企業の中には、見直しをするところがさらに出てくるかもしれませんが、今のところドラスティックな動きはなく、事態を見守っているという印象です。結局、日本ではまだそれほどDEIが進んでいなかったという現状もあります。道半ばの現状に対して、米国の動きを「やっぱり推進しなくていいんだ」というメッセージとして受け取られることは懸念されます。

 日本のDEI推進においても、行きすぎや、上手くいっていなかった側面は考えられます。例えば、数値目標だけを表面的に追求し、帳尻合わせのように女性の社外取締役を迎えれば、期待していたポジションにつけなかった男性が不満を抱くこともあるでしょう。それは男性の中の見えないバリアを強めることになりかねず、そのような対立を生む構造の中で物事を進めるのは健全とは言えません。単に世の中の動きに合わせて推進するのでは、無理や矛盾が生じます。それぞれの企業や組織が、自分たちにとって本当に必要なDEIは何なのかを見極めていくことが大事です。企業業績や従業員のモチベーションを上げるために必要な取り組みを選択し、順序づけて進めていくことをめざしてほしいです。

――DEIを単なる企業文化の一環ではなく、産業競争力の強化に結びつけるためには、どのような取り組みが必要だとお考えですか。

 DEIと企業の競争力についての最適解は、まだ見えていないと思います。女性登用と利益の関係などの学術研究も徐々に出始めてはいますが、十分ではありません。データが出てくることに期待はしたいですが、一方で、それぞれの企業にとっての正解は異なるはずです。男性・女性に限らず、さまざまなバックボーンを持った人の多様な意見が出ることによって、業績にどのような相乗効果が生まれるのか、各企業が最適解を見つけ、それを実現する仕組みづくりが必要だと思います。

――DEIを推進する企業に向けて、アドバイスやメッセージをお願いいたします。

 最終的には、性別その他の属性にかかわらず、多様な人が適材適所で活躍できることが理想です。そして男性であれ女性であれ、何かの事情で仕事を休まなければならなくなった時に、周囲が自然に手を差し伸べサポートし合えるような制度があればすばらしいでしょう。その理想に近づけるために、DEIをぜひ推進してほしいです。良い制度を作るためには、従業員の側が、権利と責任を自覚することも大切です。例えば育児休業は、その後に復帰して活躍してもらうための制度です。にもかかわらず、一定の給与をもらって育休をとった直後に辞めてしまう人が多ければ、制度自体の見直しにつながりかねません。

 適材適所というのは、その企業にとって必要な能力を発揮してくれる人であれば属性に関係なく採用され、活躍できることです。まずはDEIに関する数値目標を掲げ、達成をめざしてほしいです。

 DEIが進んで、見えないバリアがなくなれば、従業員のウェルビーイングは自然に向上して定着率も上がり、収益率向上にもつながっていくでしょう。そうしたゴールのほか、DEIを進めなければならないのは、差別や偏見、それに基づく因習が存在するからだということも忘れず、将来的にはDEIが必要のない状態になることもめざしていっていただきたいです。