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Kansai D&I News
2025.9.24 オピニオン

戦略を起点に必要な知識・スキル・能力を問い直し、組織をつくる
深層のダイバーシティを生かす組織づくり
――早稲田大学 商学学術院  教授 谷口 真美 氏

早稲田大学 商学学術院 谷口真美 教授

早稲田大学 商学学術院
谷口 真美 教授

企業が取り組むべき「深層のダイバーシティ」とは何か。ダイバーシティ・マネジメント研究の第一人者である早稲田大学商学学術院の谷口真美教授に、3回にわたってお話を伺います。第2回では、深層のダイバーシティを実現する組織づくりについて聞きました。

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――多様な人の力を組織の価値創造につなげるには何が必要だとお考えですか。

 価値創造をどうとらえるかによって、答えが変わります。一つは、構成メンバー個々の力の増進を通じて、その総和として組織の価値創造だとするとらえ方です。組織の仕組みやビジネスモデルは従来のままで、あくまでも個人レベルの取り組みによって組織の価値創造につなげていくという考え方です。ただし、このような、いわば「個力頼み」の取り組みだけでは、他社に対して必ずしも優位性が生まれるわけではありません。組織内部のダイナミックなプロセスに着目した組織力になっていないからです。二つは、組織力として、個と個の相互作用をマネジメントしてイノベーションという価値創造を促進する考え方があります。そこでは、既存の仕組みやビジネスモデルのあり方から再構築しようとする戦略論や組織論に基づいた施策が必要になります。

――前回、「ダイバーシティ施策と企業戦略に連動性を持たせる」ことの重要性をお話いただきましたが、こちらについてもう少し詳しくお聞かせください。

 戦略論では、戦略目的は他社に優る企業価値の向上・パフォーマンスの向上です。それは例えば、ビジネスモデルのイノベーションによって達成されます。戦略を起点としてビジネスや事業の将来像を描き、それを達成するためにどのような施策が必要かを考えます。ダイバーシティについても、他社に優る価値を創造するためのビジネスモデルの中で、事業にとってどのような多様性が必要かという観点で考えます。つまり、ダイバーシティは目的ではなく、戦略達成のための手段です。もちろんビジネスモデルも手段です。戦略を達成するためのビジネスモデルに必要な人材を採用・育成し、アサインすることで組織の仕組みを変容させていくわけです。そこでは、自ずと深層のダイバーシティに着目することになります。単に女性を増やす、障害者雇用を進めるといった表層的な取り組みではなく、個々人それぞれの知識、スキル、能力といった深層次元に着目し組織の仕組みを変容していく必要があるからです。日本企業では、今あるもの、今いる人を起点に発想し、それを改善していこうという既存システムの効率化、いわば品質管理志向になりがちです。それにとどまらず、あくまでも戦略を起点に考えて、必要な人材を、深層次元で見極めてアサインしていくことが重要です。

――多様性をイノベーションにつなげ、成果を生み出す組織をつくるために経営層がすべきこと、また現場マネジメントでのポイントについてお聞かせください。

 先に価値創造のとらえ方を「イノベーションの創出」とし、そのために多様な人材のいる組織をどうマネジメントしていくかという考え方を説明しました。さまざまな強みを持つ個人が集まった集団において、その多様性を生かしイノベーションにつながる仕組みを作ることが、経営層には求められます。経営層にしかできないことの一つとしては、戦略と関連させて全社的な人事・評価制度を考えることでしょう。これまでの人事評価軸には組み込まれていなかったような知識、スキル、能力を持つ人たちを評価して適正な報酬などのインセンティブを与えて活躍や能力の発揮を促す一方で、集団として多様な人たちどうしの相互作用が促進されるような仕組みを作ることが必要です。

 そのためには、リーダーには全体を俯瞰する能力が求められます。日本人は一つの企業や組織に長く勤め、一つの価値軸の中で過ごすことが多いですが、多様なメンバーがどんな立場で、どんなロジックで発想しているのかに気づいた上で、どうすれば全体として良い結果につながるかを見通す力が必要です。

――多様な人材が集まることで職務とは関係のない対立が生まれることが懸念されます。経営層のすべきことに加え、D&I担当者や現場の管理職が、多様性を生かし成果に繋げるためにできること、やるべきことをお教えください。

 多様な人がいると、価値観や自尊心の対立から、優劣争いに発展することがあります。個人の価値観は尊重されるべきですが、会社は社会運動をする場ではありません。特定の価値創造のために人々が協働する場なので、自ずと一定の方向性が共有されるべきでしょう。ましてや業務と関係のない個人の主義主張まで職場に持ち込むのは見当違いです。また、意見を否定されると全人格を否定されるように感じる人もいますが、意見は意見として切り分けて議論できるようにマネジメントすることが求められます。とはいえ、対立を避けて意見が出なくなることも問題です。意見の対立は、業務やプロジェクトを前進させるための良い切り口となることも多いからです。D&I担当者は、メンバーに対し、仕事を成功に導くという本来の目的に目を向けさせることで、不要な対立によるマイナス面を減らし、建設的な対立によるプラスの効果を促進させる仕組みをつくり、そして現場の管理職は、その仕組みをしっかりと運用していくことが大切です。

――企業によっては、トップがドラスティックな組織変更をよしとしないこともあるかもしれませんが、変わっていくためにできることはありますか。

 トップが特定の成功体験に固執しているような企業では、ドラスティックな組織変更は難しいものがあります。変わる可能性の一つとしては、組織内の一部署がきっかけになること。例えば、新規事業などを手がける部署に多様性を生かせるリーダーがいて、イノベーティブな事業を手がけて結果を出し、その事業がいつの間にか本業より大きくなる、ということがあります。ダイバーシティを生かして事業として成果を出した部署のあり方が新たな成功事例となって拡大・波及することでトップの成功体験を上書きして、組織全体が変わっていくことはあり得ます。

――経営層に対し深層のダイバーシティ推進に向けたメッセージをお願いします。

 経営者の方々には、まず、めざすものは何なのか、目的をしっかり示していただきたいです。成長か、イノベーション創出による競争優位か、その他の何なのか。その上で、今取り組んでいる施策がその目的に合致しているのかを見極める必要があります。まず戦略を起点として、自社にとって必要な「知識・スキル・能力」を問い直した上で、深層のダイバーシティの必要性を判断するべきでしょう。単に表層属性が異質な人材を入れればいいというわけではありません。また、多様な人材を登用する際、既存の評価軸に組み込もうとすると、本末転倒なことが起こりがちです。例えば、外国人を「日本人以上に敬語もできて日本文化に造詣が深い」といった理由で採用するのは、既存組織にフィットする人材を登用しているに過ぎず、多様性を推進しているとはいえません。あくまで先に目的や戦略があり、その実現のためにはどんな「知識・スキル・能力」を持つ人、つまり、深層のダイバーシティが必要なのかを明確にし、そのような人材を組織に組み込んでいくことが大切です。