
グローバル経営戦略室 ダイバーシティ&インクルージョン推進部長
中沢 英子 氏
大林組では、健康課題に対応する福利厚生プラットフォーム【Carefull】を導入。ダイバーシティ&インクルージョン推進部の中沢英子さんに、【Carefull】導入を中心に、D&I全体の取り組みや健康課題への対応についての内容・成果・課題などを聞いた。

――貴社のD&Iの取り組みについて、基本的な考え方や方針をお聞かせください。
社会が急速に変化する中、大林グループがしなやかに変革を遂げていくためには、D&Iを推進する必要があるという考えのもと、2021年にダイバーシティ&インクルージョン推進部が新設されました。中期経営計画2022には、人材マネジメント方針として次の大きな柱を掲げています。「学びを楽しみ、皆が成長する」「安全に、健康に、活躍できる」「個が躍動し、チームが活性する」「業績への貢献が報われる」「魅力ある多様な人材が集まる」の5つです。方針に則り、ダイバーシティ&インクルージョン推進部は「社員のウェルビーイングの実現」「多様な人材が活躍できる企業文化の醸成」という2つのビジョンの実現に向けて、「多様な人材が活躍でき、変化に前向きな進化する組織づくりに寄与する」ことをミッションとして活動しています。
大林グループには130年を超えて続いてきた企業としての強みがある一方、変化に対する反力も少なからずありますので、「常に世の中の変革に伴って進化する組織づくり」「変化に強い自立・自律した人づくり」が課題です。解決のための戦略として、心・技・体(心=意識改革、技=制度改革、体=日常の組織の中で行動の変容を促す仕組みづくり)のバランスを取りながら施策を打っています。

――すべての人が生き生きと働ける環境づくりとして、健康課題に着目した理由やきっかけとなる出来事があればお聞かせください。
ダイバーシティ&インクルージョン推進部の活動を知ってもらうため、社内イントラにページを作り、社員からの意見や要望を受け付けられるようにしたところ、数ある意見のひとつとして生理の苦労についての声が届きました。弊社は、8割以上が男性社員。その中で、長時間の会議でトイレに立ちたいと言えず、生理で椅子が汚れてしまった、同じような辛い経験をしている女性はいるのではないか、という声でした。課題にどう対応できるか模索するなか、ヒントが得られるのではないかとフェムテックのイベントに参加しました。そこで出会ったのが、従業員の健康やウェルビーイングを支援するサービス【Carefull】です。生理や更年期といった課題を女性の話題と閉じてしまうのではなく、健康課題を男女ともに学べるサービスを展開しており、「これだ」と、導入に向けて動きました。女性だけをターゲットにしたサービスだと導入が難しいですが、男性も含め全社員の健康をサポートするものであること、また、社員の家族も利用できるサービスだということで、導入が叶いました。
――福利厚生プラットフォーム【Carefull】の概要と、どのように活用しているかお教えください。
まず、【Carefull】上では、医師や専門家によるセミナーを定期的に開催しています。PMSなど女性特有の問題だけでなく、睡眠、男性更年期、子どもの不登校や発達の問題など、テーマは多岐にわたります。セミナーは昼休みにオンラインで開催され、動画が1年間公開されるので、いつでも視聴できます。テーマは、社員からの声もふまえ、【Carefull】を提供する企業と意見を出し合いながら企画しています。
会社で働いていると、仕事以外の情報を自分から取りにいく余裕はなかなか持てないものです。そんな中で、ダイバーシティ&インクルージョン推進部からの発信や【Carefull】での情報を目にして、自身の健康はもちろん、周囲の人が抱える問題に関心を持つきっかけになればと思います。オンラインセミナーでは、さまざまなテーマについて同僚や部下から相談を受けたときにどんな対応をすればよいかのヒントも得られます。あらかじめ知っておくことで、組織の中での人間関係・信頼関係構築にも役立ちます。社員のウェルビーイング実現や、多様な人材が活躍できる企業文化の醸成というビジョン達成のためには、このような小さな取り組みを積み上げていくしかないと考えています。
――【Carefull】導入後の成果について、どのようにとらえていますか。社内環境の変化、仕事の進め方等業務上の変化などをお聞かせください。
劇的な変化ではありませんが、社員からさまざまな声が上がるようになったことは変化の一つだと思います。例えば、「保育園では仕事が終わる時間まで子供を預かってもらえたが、小学校に上がるとそうはいかない」といった声や、「子どもに発達面での課題があり、放課後のスクールに預けるのが不安」といった声です。多様な課題について声が上がり、セミナーで取り上げてほしいと要望が出るようになったことは、成果だととらえています。
【Carefull】とは別の話題になりますが、社員の働き方の見直しについては、D&Iの観点だけでは進められないので、人事部と協力する形で取り組んでいます。ダイバーシティ&インクルージョン推進部には人事部と兼務するメンバーがおり、人事部と人事制度の育児介護休業法の改正対応や働き方改革や働きがい向上推進などの取り組みとシンクロして進められるのは強みだと思います。
働き方改革の一環にもなると考えて、忙しい現場にタイムマネジメント研修などさまざまな提案をして負担をかけた反省から、時間をかけすぎない形で組織のコミュニケーションを見直す「Pit-inプログラム」を全国の工事事務所でチャレンジ中です。カーレース中の整備を指すPit-inにちなんで名付けていました。プログラムのスタート時に組織の良い点、改善点と、その改善策を1時間で話し合い、改善策を実践するリーダー役を決めます。1か月後に実施状況をみんなで振り返るメンテナンス会議を開催します。うまくいっても、いかなくても、内省することで得られる学びや気づきを次に向けて繋げていく経験学習サイクルを伴走します。組織改善への小さな成功体験を積み重ねて、若手の主体性・推進力・課題解決力を育む機会を作り、常に進化する組織づくりにつなげている最中です。
――今後D&I推進において特に力を入れていきたいことをお聞かせください。
ダイバーシティ&インクルージョン推進部の活動を始めた当初は、仕事と家庭の「両立支援」は子育てや介護などのライフステージ転換期をサポートするため、「総活躍」とは転換期にない人がより活躍するためのものというイメージを持っていました。しかし3年間の活動の中で、それらは別々ではなく一体のものではないかと考え始めています。個々の多様な事情に配慮したサポートを提供しながら、誰もが常に活躍できる状態を作っていくことが大切です。この先、人口減少で社員数が減る可能性もある中、社員がどんな状態であっても、逆にその多様性を力にして皆が活躍することを会社として担保し、成長することを考えていくタイミングだと思います。
組織力を支えるのは個の力です。ライフスタイル転換期にある人が、普段の6割しか仕事ができないことをネガティブにとらえていたら、個の力は発揮できません。個人がどんな状況でも活躍したいと思えるような、疎外感を感じさせない組織であることが土台になります。そのためには、組織を構成する個である上司や同僚が、さまざまな状況にある人を受容する気持ちを持っていることが欠かせません。時短、テレワークをはじめ、会社が用意している制度を活用しづらい雰囲気があるなら、それも払拭していく必要があります。
最近はDE&IのE=エクイティ(公平性)も注視するようにしています。丸3年の活動のなかで、違いをネガティブにとらえるのではなく、可能性として受け止めてもらえるようにしたいという思いがより強まり、エクイティの取り入れ方を試行錯誤し、活動に活かしていきたいと考えています。エクイティは待っていれば与えてもらえるものではなく、一人ひとりが自分の生きる上で大切にしている理念を意識し、自分の目標に向かって働く環境を整備していくことが必要になります。そのために健康・介護に関する社員の状況の変化を定点観測するアンケート調査に加えて、個々人の気づきを促すような問いを盛り込んだ意識調査も開始し、定量的・定性的な社員の意識変容の分析結果を新たな取り組みにつなげていきたいと思います。