
ファーストリテイリング 社長直轄プロジェクトチーム
(D&I担当)
塩田 知弘 氏
ユニクロ等のブランドを展開するファーストリテイリングでは、D&Iの取り組みの一つとして障がい者活躍推進にも力を入れている。聴覚障がいの当事者としてD&Iの推進に携わる、社長直轄プロジェクトチーム(D&I担当)の塩田知弘さんに、障がいのある社員の活躍に関する取り組みと当事者の声を生かした誰もが買い物がしやすい店舗づくり「Here For ALL Your Needsプロジェクト」について聞いた。

――「Here For ALL Your Needsプロジェクト」立ち上げの背景をお聞かせください。
私は2011年に入社し、2年間の店舗勤務ののち本部に異動しました。本部での初めての障がい者雇用となったのが私です。社長直轄プロジェクトチーム(D&I担当)として、主に障がい者を対象とした業務に携わっています。
ユニクロは、あらゆる人の生活をより豊かにする服「Life Wear」を提供することを使命に掲げています。しかし商品や店舗の設備、接客などが、本当にあらゆるお客様のためになっているかと考えた時、見直すべき点が多くあると感じました。Life Wearの価値を実現するには、障がい者や高齢者などの買い物弱者と呼ばれる方にも目を向け、少数派の声をきちんと聞いて解決方法を考えていくことが大切です。その思いをもつ有志が集まり、業務外で話し合いを始めたのが「Here For ALL Your Needsプロジェクト」立ち上げのきっかけです。このプロジェクトでは、障がいのある方を含め、あらゆるお客様に安心して買い物を楽しんでいただける環境づくりをめざし、商品開発、店舗設計、接客などさまざまな分野で取り組みを行っています。
――「Here For ALL Your Needsプロジェクト」の具体的な取り組み内容をお聞かせください。
ユニクロでは、すべてのお客様に快適な買い物体験を提供することをめざしています。「Here For ALL Your Needsプロジェクト」では、特に障がい者や高齢者をはじめとする多様なニーズを持つ方への対応を強化するために、「接客」「店舗・設備」「商品」「情報発信」の4つの軸で取り組みを進めました。商品を必要とするお客様にきちんと届けるためには、この4つのうちどれが欠けてもダメだからです。
最初に取り組んだことは設備面で、試着室のバリアフリー化です。費用の問題もあるため、店舗によるニーズの違いなどを調査し、必要性の高い店舗に絞って車椅子やベビーカーの方も利用しやすいように改修しました。実は、当初は全店舗の試着室をバリアフリー化する計画を立てており、莫大な費用が必要に。柳井社長から本当に全店舗の改修が必要なのか、現場は見たのかと指摘されました。店舗に行くと、例えば渋谷のお店は大多数が若者でバリアフリー化を望むお客様は少なかったのが現状でした。現場に足を運び施策を練る大切さを感じた出来事でした。
商品の面で特徴的なものは、「前あきインナー」の開発です。これは、乳がん患者さんからのお手紙をきっかけに生まれたものです。医療機関や施設を訪問してどんなものが必要とされているか声を聞き、商品に反映しました。大きな話題にもなりましたが、その割には売上がいまひとつ。授乳中の方などのニーズも見込まれると思っていましたが、店舗ではベビーカーの通りづらい場所に置いてあるなど、必要なお客様に届ける意識が徹底されていませんでした。これも現場を見たからこそ分かったことで、改善を行いました。
接客面では、スタッフが、車椅子やベビーカー利用での買い物を体験してみるという取り組みを実施。実際にお客様の目線に立つことで気づいたことを生かし、この場所では車椅子の方をサポートできるようスタッフを配置しようといったフォローも可能になります。このようにハード・ソフトの両面から誰もが買い物しやすいお店作り実現に向け、取り組んでいます。
――取り組みの成果や課題をどうとらえていますか。
プロジェクトで立ち上げた障がい者理解のための研修が制度化され、4,000人の従業員が受講しました。多くの人から新たな気づきを得たと感想をもらったことは一つの成果だととらえています。あらゆるお客様のニーズを汲み取って形にすることの大切さについて、従業員の理解が進んではいるものの、課題もあります。当社では3カ月から半年に一度は人事異動があるので、職務や働く環境が変わる中でも「あらゆるお客様のために」という意識を持ち続けられるかどうかが大切です。情報発信や研修等を継続するよう考えています。
社外から声をいただいて、まだまだお客様の目線に立てていなかったと反省することもあります。例えばセルフレジは、レジの省力化によりスタッフはより接客に力が入れられて、お客様にとっても便利になるはずと導入しましたが、慣れないお客様も多く「使いづらい」という声を多くいただきました。また、車椅子の方が利用しづらい高さに設置されているという点でも、当事者目線が足りませんでした。今はセルフレジにもスタッフを配置してフォローするといった対応でカバーしています。
――障がい者雇用に力を入れているファーストリテイリングの良い点、課題をどのようにとらえていますか。
良い点は、チャレンジを後押ししてくれるところです。私自身、店舗スタッフから本部へ異動し、お客様のためになる取り組みを評価してもらい、さまざまなことにチャレンジできる環境にいます。「課題解決のためにこういう取り組みをしたい」と声を上げると、反対されることはまずありません。例えば、環境への取り組みでもそうです。アパレルの製造では、水を大量に使うという課題があります。それを解決するため、水をできるだけ使わずにジーンズを製造する技術開発に取り組むチームが生まれ、製造工程で水の使用量を90%以上削減することに成功しています。
課題の一つとして挙げられるのは、本部で働く障がい者の従業員が少ないことです。ユニクロでは店舗スタッフを中心に、障がいを持つ多くの従業員が活躍していますが、全社的な意思決定の場にはまだほとんど関われていないのが現状です。意思決定の場には多様な人がいることが望ましいという点で、課題の一つだと言えます。
――D&I推進に向け、今後力を入れていきたいことをお聞かせください。
当社に限らず日本全体に言えることですが、障がいや多様性への理解はまだまだ不足しているのではないでしょうか。教育の段階で、障がい者は特別支援学校などに入学。多くの人が障がい者と接する機会がないまま大人になるので、社会に出て一緒に仕事をする時、どう接していいのかわからないのではないでしょうか。
当事者にも課題はあります。私自身、以前は合理的配慮をされて当然という無意識の思い込みがありました。しかし、共に働いていくには、当事者の方から「ここが困っている」と伝えたり、現実的な解決策を提案することが大事です。例えば多くの従業員の中に一人だけ聴覚障がい者がいる場合、その一人のために手話通訳をつけることが合理的なのか、他にどんな対応ができるのか。そういったことを、お互いに向き合って話し合い、解決していくことが大切です。当事者の側も、サポートしてもらって当たり前と思わず、自分から発信していけるような教育も必要だと感じます。
試着室のバリアフリー化に取り組んだとき、確かに良いことだが、大きなコストをかけてやる必要があるのかという声もありました。そこで、まず一店舗で改修して成果を検証しました。1カ月間で、それまで試着室を利用できなかった36人の車椅子のお客様が利用し、そのうち34人が商品を購入してくれました。新たな売上を生み出すことで、改修費用をカバーできました。社会貢献とビジネスを両立できるとわかれば、皆が前向きに取り組もうというムードも高まります。これからも、「この課題を解決したい」という思いを周囲に伝え、一つずつ形にしていきたいです。