
クボタ常務執行役員
CHRO HR本部長 本社事務所長
太田 旬治 氏
1990年にクボタに入社し、人事部や堺製造所の勤労部、機械事業本部の統括部長等を経て、2026年からクボタ常務執行役員 CHRO HR本部長に就任した太田旬治さん。タイでの社長経験もある太田さんに、これまでのキャリアやD&Iへの考えを聞いた。
――これまでのキャリアのなかで、ご自身の価値観やリーダーシップに大きな影響を与えた出来事をお聞かせください。
堺製造所の勤労部勤労課で、社員約3,000人の仕事や人生と向き合った経験は非常に大きいです。「勤労」という言葉は、特に若い人にとってはネガティブにとらえられやすいかもしれません。しかし、単に労働するという意味ではなく、人が社会の一員として、役割と誇りを持って誰かの役に立って生きていく、その営みが勤労だと考えています。工場の機械や設備は、それだけでは動きません。毎日現場に立つ人がいて、工夫を重ねて課題を解決していく一人ひとりの姿があって初めて、工場はその価値を生み出すことができます。勤労部の仕事は、その働く人々を支えることです。人事制度の運用や労務管理などの業務は手段であって、大切なのは働いている一人ひとりの声に耳を傾け、安心して働き続けられる環境を整えること。そういった経験ができたのは非常に大きな糧となり、この時の体験から得た考えや価値観がCHROという今の役職においてもベースにあります。人間関係をめぐるトラブルや殺伐としたニュースが多い昨今ですが、これからの時代、人を大切にすることがこれまで以上に求められてくると思います。そういう時代だからこそ「勤労」が持つ意味はより深く、より重要になってきていると感じています。
――タイにあるサイアムクボタで社長を務められた際、外国人との共生やD&Iという視点で苦労した点や、経験を通じて大切にしていることをお聞かせください。
サイアムクボタは、ASEANを代表するコングロマリットであるサイアム・セメント・グループ(SCG)とクボタの合弁会社です。本社のあるタイはもちろん、カンボジアやラオスも対象市場として農業機械等の製造・販売・サービス活動を展開している会社で、従業員は3,000人程度です。
タイは「微笑みの国」と言われるように穏やかな人が多く、非常に魅力的な国民性を有すると感じました。一方で、年齢や立場を重んじるために率直な話し合いがしづらい面があり、それが、時に組織運営においてリスクになる懸念がありました。そこで「タイのお客様のことをよく知っている皆さんの意見を聞かせてほしい」と伝え、さまざまな立場の人と意見を交換するよう努めました。
また、文化や考え方の違いを感じる出来事もありました。ある時、天候の影響で業績の悪化が予測されたため、経営判断として社内の不要不急のレクリエーション活動をいくつか中止しようとしました。しかし、現地の幹部から再考を促され、軌道修正をしました。タイの人たちにとって業務後のレクリエーションは楽しみの一つであり、困難な局面でこそ、チームビルドのためにも残すべきだという考えでした。意見の違いを前提に相手を理解しようと話し合い、そのプロセスのなかで最適解を探る姿勢が大事だと実感しました。
タイでは女性はもちろん、性的マイノリティの方々が活躍している場面も多く、それが普通になっています。多様性が受け入れられ、性差などに関わりなく優秀な人を登用していく、そういった点でもタイから学ぶべきことは多いと感じます。
――組織の多様性が確保されることの価値、また、多様性を生かす組織を実現するために心がけていること、気を付けていることをお教えください。
組織の多様性は、事業価値を高める基盤になるものだととらえています。多様な人材の異なる視点や経験が交わることにより、新たな考えや解決策が生まれます。当社のビジネスは幅広く、食料・水・環境といった人が生きていく上で欠かせない分野を担っており、直面する課題への答えは一つではありません。いろいろな価値観を生かしながら解決策を見つけていくことが大事であり、多様な人材の力が発揮できる組織であることは事業の成長には欠かせません。
タイで経験したような、文化や考え方の違いを前提に対話を重ねて信頼関係を築いていくプロセスは、多様性を生かした組織運営の基本だと思います。またタイでの経験を通じて、ダイバーシティへの理解というのは管理するものではなく、お互いの信頼のなかで育っていくものだと実感しました。お互いの信頼関係さえ構築できていれば、多様な背景を持つ人材のパフォーマンスをうまく引き出すことができるのではないかと思います。
――今後力を入れていきたいことをお聞かせください。
人的資本のグローバル展開を加速させていくことが、短期的には大きな課題です。クボタは1970年代から欧米に子会社を作るなど本格的に事業でのグローバル展開をはかりました。一方で、人的資本の面ではなかなか進まないという課題がありました。しかし、経営的にはすでに売上の8割が海外という状況のなか、これまでの日本人主体の事業運営から脱却し、地域を越えて連携するグローバル連携体制の構築を、ここ数年で積極的に進めています。具体的には、各地域のグローバルリーダーと言われるトップの人たちに日本に来てもらい方針の共有や意見交換などを行うグローバルアニュアルミーティングの開催、グローバルリーダーを育成するGlobal Talent Development Programの実施などです。また、日本から海外への駐在だけでなく、海外から日本への短期駐在も実施しています。そこでは、仕事の進め方が学べるのはもちろんですが、業務を通して人とのつながりが生まれ、その後のビジネスに生かされるという効果も見られます。このように地域間の相互理解、人材交流、ノウハウの移転、組織能力の均質化といった取り組みを強化しており、さらに進めていきたいです。
中期的には、人的資本戦略と経営戦略を一体化させていくことが重要です。これまでの個人の成績を重視した人事から、今後の事業のあり方を見極めて計画的に人を育成していく人事へとシフトしていくこともその一つです。さらに従業員エンゲージメントの向上や、挑戦文化の醸成などの企業文化改革にも取り組んでいきたいと考えています。
――経営層、D&I推進担当者へD&I推進に向けたメッセージをお願いします。
経営層の発するメッセージは、時に現場に大きな安心感を与えますが、その内容や表現によっては大きな失望を与えてしまうこともありえます。そういうことを意識して、現場の人が「さあ頑張ろう」と思えるようなメッセージを発信し続けることがとても大事です。
D&Iは経営そのものに関わります。担当部門の方には、経営層と対話しながら、D&Iが少しずつ組織に根付いていくような取り組みを推進していただきたいと思います。一人ひとりの違いを尊重し、対話を重ねて挑戦を後押ししていくことで、組織は着実に強くなり、結果として事業価値の向上につながります。