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Kansai D&I News
2026.9.4 オピニオン

脳卒中発症後も安心して働き続けられる社会をめざして 治療と仕事の両立に向けた制度・意識改革
――京都大学医学部附属病院 脳卒中療養支援センター センター長 宮本 享 特任病院教授

京都大学医学部附属病院 脳卒中療養支援センター センター長 宮本 享 特任病院教授

京都大学医学部附属病院
脳卒中療養支援センター センター長

宮本 享 特任病院教授

内閣府の脳卒中や心臓病等に関する世論調査では、「脳卒中を発症した後も働き続けられる環境だと思うか」という問いに対し「そう思わない」とする人が77.1%であった。脳卒中後の治療と仕事の両立に必要なことは何か、京都大学医学部附属病院 脳卒中療養支援センターでセンター長を務める宮本享 特任病院教授に聞いた。

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――治療と仕事の両立という点で、他の病気と比較し、脳卒中からの職場復帰や仕事との両立の難しさはどこにありますか。

 治療と仕事の両立支援のシステムは、主にがんを想定して整備されてきた経緯があります。がんは抗がん剤等治療の進歩で治る病気になってきて、治療しながら働く人が増えました。がん拠点病院等には両立支援コーディネーターも配置され、復職に向け支援を受けることができます。またがんの場合、体力低下などはあっても、就労能力はそれほど制限されないことが多いです。

 一方、脳卒中は治療・リハビリにおよそ3〜4か月を要し、多くの場合、長期休職が必要になります。発症後は手足の麻痺や言葉の障害のほか、注意障害・遂行機能障害・記憶障害などの高次脳機能障害が後遺症として残ることもあります。注意障害では複数のことを同時進行で対応できない、記憶障害では言われたことを忘れてしまう、遂行機能障害では計画を立てて予定通りに物事を進めるのが難しいなどの症状が現れ、職務内容によっては就労能力に制限が出てしまいます。脳卒中後、日常生活が自立できている患者さんでも高次脳機能障害が見つかることがありますが、患者ご本人が自身の障害を認識できていないことも多く、「元通りに働けると思っているのにうまくいかない」という問題が生じます。外見からは障害があることがわからないことも多く、周囲に理解されにくいという問題もあり、復職が進んでいないのが現状です。

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――脳卒中を経験した人が職場復帰できないケースを減らすため、国や医療機関側で必要な施策は何でしょうか。

 国の医療政策については、就労支援を目的としたリハビリテーションを可能とする体制整備が不可欠です。病院が両立支援を行った場合には、治療報酬として「療養・就労両立支援指導料」を受け取ることができます。ただし、現在は入院中の患者には算定できず、退院後も初回算定から6か月以内に限られています。これを入院中や、退院6か月以後の脳卒中生活期においても算定できるようにすべきです。がんでは、退院後も引き続いて同じ病院の外来化学療法等を受けるケースが一般的です。一方、脳卒中では「急性期病院」→「回復期リハビリテーション病院」→「かかりつけ医」と、ステージごとの医療機関の役割分担が完成しています。両立支援コーディネーターは主に急性期病院に在籍していますが、その急性期病院に入院中の患者には両立支援指導料は算定できません。また、かかりつけ医療機関にはコーディネーターはまだ少なく、退院後の生活期に復職支援をしてくれる機会そのものが少ないのが現状です。脳卒中に適応した治療と仕事の両立支援体制を整えることが急務です。

 医療機関側としては、復職をゴールの一つに加える意識改革と体制づくりが必要でしょう。脳卒中はこれまで、まず命を助けること、退院して自宅に帰すことがゴールでした。医療ソーシャルワーカーをはじめとする医療従事者の意識もかなり変わってきていますが、復職をゴールの一つに加えるようさらなる意識改革を進め、入院早期から復職の可能性や希望の有無を把握し、職場での雇用条件確認や復職相談を患者さんに勧めることなどが求められます。また、回復期リハビリテーション病院において、脳卒中相談窓口で退院後の復職支援ができるようなフォローアップ、あるいは脳卒中生活期かかりつけ医と急性期病院の専門医が連携主治医制をとることにより、退院後も急性期病院の脳卒中相談窓口で復職支援ができるような体制が望まれます。

 京都府では、京都大学医学部付属病院が中心となり、京都府医師会および府内PSC(一次脳卒中センター)・回復期リハビリテーション病院等が連携し、必要な情報を共有、脳卒中発症後の生活を支援する体制を整えています。この体制をロールモデルとして、全国に展開していきたいと考えています。

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――現在、京都大学医学部付属病院で実施されているピアサポートの概要とその役割をお教えください。

 ピアサポートとは、同じ経験を持つ仲間と気持ちや情報を分かち合う場のことです。先輩患者の経験を共有することによる孤独感からの解放、他者への共感などを通じて前向きになることや、社会参加を促進することが期待されます。2026年5月に、退院して自立生活が可能で、発病前に就労していた方を対象に、脳卒中後の復職について語り合うピアサポートのイベントを実施しました。当事者からは、「同じ経験をした人の話を聞くことで勇気づけられた」といった声が寄せられました。また、企業の経営者や人事担当者も参加し、患者と企業が復職について意見を交わす貴重な機会となりました。このイベントに、関経連をはじめとする産業団体の後援や、多くの企業の協賛があったことは、産業界も脳卒中を患った従業員の復帰を支援しているというメッセージであり、社会連携に基づく患者支援の一つと考えています。

――脳卒中後も安心して働き続けるために、企業にはどのような両立支援制度が求められますか。また、脳卒中からの職場復帰率を上げていくうえで、企業に期待すること、患者さん自身がすべきことをお教えください。

 復職者が相談できる人が特定の上司や労務担当者などに限られている場合、支援のあり方が担当者に左右されてしまうことがあります。また、その人が異動した場合、復職者は理解者を失い孤独になってしまいます。復職者と企業の間に入って、伴走支援をおこなうことができる企業在籍型ジョブコーチなどの人材育成が求められます。あわせて、支援を特定の担当者任せにするのではなく、企業全体で復職者を支える体制を整備することも重要です。例えば、復職者が働きづらさを訴えた際に、周囲がその状況を理解し、合理的配慮につなげられる職場の環境づくりが必要です。

 また、復職者自身も現在の自分の不得手な部分を認識してもらうことが必要です。退院時に高次脳機能障害スクリーニング検査を行っていただくことを勧めています。「元の自分に戻りたい」という切実な願いを持って、障害の認定を受けることに抵抗を感じる患者さんもいますが、「今の自分」にできることを正確に理解し、周囲の理解のもとに復職を進めていくことが大切です。

――今後、宮本先生ご自身が力を入れていきたいことをお教えください。

 特定の医療者や医療機関だけが先端的な努力を行うのではなく、地域におけるすべての医療機関・さまざまな職種、そして復職を受け入れる産業界が意識を共有し、働くことのできる人は職場に戻れるように支援を続けていきたいです。そのような「点ではなく面で支える社会」の実現に向けて、いろんな人を結びつけていく仕事が、これから私のすべきことだと考えています。

――人事担当者や経営層へ向けたメッセージをお願いいたします。

 復職者は、後遺症などにより以前と同じ職務をこなすことが難しいこともあります。それでも、自分のできる範囲で自身の能力を生かして働けるような職場の風土や文化を、企業では大切にしていただきたいと思います。一方で、どこまで合理的配慮が可能かについては、企業の規模や業務内容によっても異なります。一企業で行えることには限界があると思うので、産業界全体としてめざすべき方向性を共有し、各企業ができることを着実に進め、「できるのにやらない」を防ぐことが望まれます。そのために、産業界と医療との連携を深め、社会全体で復職を支える仕組みづくりが期待されます。